杉本綾さん過労死労災不支給取消裁判:国が自宅学習の一部を時間外と認める

8月4日午後、札幌地裁で第3回期日が行われました。国の準備書面では、原告が主張した自宅学習(シャドウワーク)について、一部「時間外」として認める内容が含まれています。弁論後の「報告集会」では、弁護団から「発病時期も含めて、認定基準によっても労災であることを明確にする」と報告されました。

UHBドキュメントが話題

この日は7月29日(土)の昼に、北海道文化放送(UHB)が「新卒看護師の過労危機」のドキュメント(約55分)が放映された直後でした。番組は急性期病院の夜勤に密着取材し、若手看護師の自宅での様子も収録するなど、実態に迫る内容で、共感を呼んでいます。
放映後、TV局には「病棟の現実はもっと大変な状況だ」との声が寄せられているとのことです。
報告集会後に番組を放映し、支援する会として多くの人に見てもらう様にと呼びかけがありました。

「支援する会」署名提出

弁論に先立ち、今年2月から取り組んだ「公正判決を求める」裁判官宛の署名、第一次集約分として、団体署名800、個人署名13,000筆を裁判所に提出しました。

署名活動を広げよう

鈴木緑・板井かね子共同代表を先頭に、連合北海道、自治労、札幌地域労組などに署名の協力要請を行いました。また、女性団体、業者団体、市民団体などにも要請しています。
裁判はいよいよ本格的論戦に入ります。「市民・道民の広い支援で必ず勝ち抜こう」と支援する会は呼びかけています。

天笠医師招き、ストレスチェック、職場づくりを学ぶ

2017年8月18日(金)午後6時から札幌市「かでる2・7」で天笠崇さん(東京・代々木病院 精神科医師)による「学習講演会」を開催しました。北海道民医連医療活動委員会といの健北海道センターの共催で、53名が参加しました。

主催者を代表して細川誉至雄氏(いの健道センター理事長)から「働き方問題が社会的な関心事となっており、職場では2回目のストレスチェックのとりくみが本格化しています。今回の学習講演会はこの分野の第一人者である天笠先生をお迎えして開催することができました。みんなで大いに学び合いましょう」と挨拶がありました。

講演で天笠医師は、労働精神科外来とはどのような診療現場なのかを説明、労災医療、労災に関わる訴訟への関与等について、自身が関わった事例を通して話しました

また「第1電通事件」「第2電通事件」の事例を紹介、長時間労働の健康への影響や弊害、企業責任のあり方を日本における労災補償制度の概要と推移とともに説明。また労働者をめぐる状況として、過酷な労働環境、労働条件の実態とメンタルヘルス不調のプロセスを解説し、職場の労働安全衛生活動の重要性を強調しました。

参加者からは、「ストレスチェックの後のサポートの重要さを学ぶことができ、参加して良かった」「50名未満の事業所なのでストレスチェックの実践はこれからだか、小さな職場であっても、労働者の健康管理、とりわけストレスチェックなど精神衛生に関わることの重要さを学ぶことが出来た」「労働組合の課題として労働安全衛生活動をしっかりと位置づけることの重要性を学んだ」などの感想が寄せられました。
最後に、橋本浩德北海道民医連事務局次長が「学んだものを活かそう」と呼びかけ、学習講演会を終了しました。

勤医協中央病院のアスベストに関する取り組み状況

勤医協中央病院の医師事務業務支援課小川浩司さん(当センター個人会員)から、勤医協中央病院のアスベストに関する取り組みの報告がありましたので掲載します。

2015年7月、厚労省は全国の「がん診療連携拠点病院」へ「石綿による疾病の認定基準」の周知に係る依頼を行いました。北海道労働局の医療監察官が当院へ直接「石綿被害の救済を図る観点から取組を一層進めて頂くように」と要請がありました。

アスベスト労災の実績

2015年度にアスベスト肺癌で労災認定になったのは、全道で年間25件です。その内13件が勤医協中央病院に受療した患者さんでした。
2013年5月から16年度末までに扱った石綿(アスベスト)関連労災認定件数は56件です。内44件がアスベスト肺癌、中皮腫8件、他が4件です。

新聞報道等でご存知のように学校煙突からアスベストが落下、公営住宅でのアスベスト処理が不十分などと報道がされ、アスベスト被害の実態が世間に知られるようになってきました。
肺癌のかかりやすさは、喫煙で4.1~12倍、アスべストだけで1.6~から12・8倍、喫煙がありアスベストのばく露を受けた場合は、最高で53・2倍になります。

事例を紹介します

A氏(64歳・元大工)は自宅近くのK病院で肺癌手術を受け療養していました。しかし療養が長引き、昨年9月、東区へ転居し当院の無料低額診療を希望し受診しました。医師より石綿肺癌と思われると診断を受け、以前、手術したK病院に肺癌手術検体から石綿小体の測定をするように依頼しました。1ケ月後に労災認定基準の4倍を超える約2万3千本/g(乾燥肺)が検出されたと報告が届きました。さっそく、手術した2010年にさかのぼって労災申請を行いました。

早期発見の健診が大切です

石綿健康管理手帳健診については、厚労省より年2回の2月・8月に健診を受けられることになっています。
道内の石綿健康管理手帳取得者約1,400人ほどです。その10%以上を勤医協中央病院で管理しており、今年2月の石綿健康管理手帳健診は130人が勤医協中央病院で健診を受けています。勤医協関係では札幌病院や帯広病院、北見病院に加えて、今年度より勤医協苫小牧病院が受託医療機関になりました。
この間、呼吸器内科・外科医師・アスベスト被害者支援弁護団をはじめ全道での相談会・学習会で石綿アスべスト被害について啓蒙活動を行ってきました。今後も多くの場で石綿アスベスト被害の啓蒙の学習会・相談会を開くことを望みます。

裁判で係争中に国が労災認定:24時間勤務のビルメン労働者が勝訴

24時間連続勤務のビルメンテナンスの仕事に従事していたSさん(45歳)は、長時間にわたる変則勤務により、2013年10月うつ病となりました。翌年3月労災申請しましたが不支給となり、2016年8月、国を相手に行政訴訟を提訴しました。

第2回期日前の3月初旬に国から「処分の『うち直し』を検討」と連絡があり、以後、原告と当該労基署で話し合いを行ってきました。

原告は、「24時間連続勤務中は仮眠が取れない状態であり、『手待ち時間』ではなく労働時間」と出張していました。国は裁判途上に再度現場労働者の聞き取りを行った結果、S氏の発病1ヶ月前の時間外労働が174時間46分あることを確認し、160時間を超える「特別の出来事」に該当するとして労災認定し、裁判の中止を判断しました。

原告は弁護団と協議し、6月13日それを受け入れることを決め裁判の取り下げとなりました。労災申請した2013年10月から14年2月までの休業・療養補償給付金の支給が決定しました。現在、14年3月以後の労災申請を行い、継続した認定をめざしています。

Sさんは「労災が認められず、体調不良のまま勤務に就き、結局病状は悪化してしまいました。最後は認められましたが、10年間にわたる体調不良と長い闘病生活を続けています。同じような勤務に就いているビルメン労働者の待遇改善につながればいいと思っています」と述べています。

ビルメン労働者の労災認定、瀨戸悠介弁護士の報告です。

国が、訴訟中に札幌中央労働基準監督署が出した療養補償給付の不支給決定取消処分をいわゆる「打ち直し」をすることで支給決定をし直した事例

異例の「うち直し」で勝訴

ビルメンテナンスの労働者Sさんが2016年8月末に労災不支給決定について取り消しを求めて提訴した裁判が平成29年3月末、国自らが不支給決定を変更し、支給決定とする「打ち直し」をすることで解決しました。

3日に1度の24時間勤務

Sさんは、平成6年8月から、札幌所在のビル管理会社に勤めており、平成19年6月からは新聞工場の設備保守管理、機器運転監視等を行っていました。Sさんが管理をすることになった新聞工場は、平成19年7月から稼働したばかりで、Sさん以外に空調機器を操作できる同僚もいないため、Sさんは一人で湿度や温度等の情報採集や機器への情報の打ち込みをせざるを得ない状況が続きました。

Sさんの勤務時間は3日に1度の24時間勤務であり、仮眠時間は5時間となっていましたが、仮眠場所はパーテーションで仕切った程度で、室内の音は普通に聞こえる状況でした。しかも、毎日午前2時に必ず電力異常の警報が鳴り、午前4時ころからは輪転機のメンテナンスを行う業者が新聞工場を来訪することが頻繁にあるなど、警報音や対応のせいで仮眠もとれない状況でした。

労災申請と不支給決定

Sさんは上記の過酷な労働環境によって、平成20年7月、うつ病と診断されたため、会社に対し転勤願いと有給申請をしました。同年9月、Sさんは別のビル管理業務となりましたが、平成25年9月頃には月約174時間の残業をすることとなり、うつ病の症状が増悪したため、同年10月2日、病院に入院することになりました。Sさんは、このうつ病は労災だと考えて労災請求をしましたが不支給決定となり、審査請求、再審査請求でもこの判断が覆ることはありませんでした。

不払い残業代は認定

この間、Sさんは、平成27年2月2日、札幌中央労働基準監督署に対し、平成25年2月分から平成27年1月分の未払残業代の支払いを求める申告を行いました。すると、平成27年2月13日、札幌中央労基署は、コールセンターでの仮眠時間及び休憩時間は、全て労働時間だと認め、会社に対して是正勧告を出したのです。しかし、審査請求、再審査請求ではこの事実は無視され、平成28年2月24日、労災不支給が決まりました。Sさんは悔しい思いを捨てきれず、8月末に取消訴訟を提訴したのです。

3月、「処分の打ち直し」

その後、平成29年3月初旬、国の代理人から連絡があり「国が『処分の打ち直し』を検討している」と伝えられました。平成29年3月24日、札幌中央労基署副所長その外2名がSさんの下を訪れ、不完全な調査で不支給決定をしたことを謝罪しました。そして、同年4月4日、支給決定が出されたため、訴訟は取り下げにより終了しました。

「あきらめない」Sさんの粘りが勝利を招いた

国が訴訟中に処分の変更を行うことはとても珍しく、私を含めた弁護団でもとても驚く結果となりました。やはりSさん自身が審査請求や再審査請求の棄却の結果に諦めず、労基署に未払い賃金を申し出て是正勧告を勝ち取ったことで、国もこれ以上は戦えないと白旗を上げ、支給処分をしたのではないかと思います。 私自身もこの事件を通じてあきらめないことの大事さを教えていただけました。まだまだ解決していない点も残っておりますので、今後もSさんのために支援を続けていく所存です。

弁護士 瀨戸悠介(たかさき法律事務所)

新卒看護師過労死労災裁判:国は過重労働を否認し争う

新卒看護師杉本綾さんの労災不支給決定取消訴訟は、4月21日、第2回期日が行われ、被告(国)は、原告の訴えを否認し、争う立場を表明。終了後行われた報告集会には60人が参加しました。

第2回期日は札幌地裁で一番大きな805法廷で行われ、傍聴席は満席となりました。
この間、原告、被告双方が準備書面を提出しました。被告(国)は、訴状に対する認否を示し、客観的事実以外はことごとく「不知」「否認」とし、杉本綾さんが過重な労働で苦しんでいたとの訴えに対して争う立場を示しました。

国は通り一遍の主張

もう一つは労災の認定基準の作成過程を説明し、専門家による検討を経てつくられ、この物差しで判断しているという、通り一遍の主張を行いました。

シャドウワーク

原告は被告の求めに応じて、シャドーワーク(自宅労働)について準備書面を提出しました。
綾さんは、帰宅してから自宅で学習していました。毎日記載した「振り返りシート」には先輩から「復習し再度実践」などと指摘され、看護技術や薬剤の学習を深夜まで行っていました。
弁護団はこうしたシャドーワーク(自宅学習)が労働時間として認定される判例を示して、隠れた時間外労働があると主張しました。

これから本格論戦

次回、第3回期日は8月4日です。原告のシャドーワークの主張に対して国が反論し、原告からも反論を行います。

他2件の新卒看護師自死事件、遺族が発言

報告集会では弁護団の報告の後、釧路の総合病院で新卒看護師の長男を亡くしたMさんと、札幌市内の民間病院で同じく長男を亡くしたIさんの母親が発言し、「同じ新卒で自死した事件は共通の問題がある」と訴え、看護師の勤務環境の改善につながることを望むと連帯の意を表しました。
最後にあいさつに立った鈴木緑共同代表は「満席の傍聴支援は裁判長に、いかに多くの人たちがこの事件に関心を寄せているかを示す事になります。看護現場の厳しい実態を広く伝えて、綾さんの無念の思いを看護師増員、夜勤交代制勤務の改善につなげていきましょう」と呼びかけました。

札幌で過労死防止シンポ開催

 

過労死防止啓発月間過労死のない社会、今こそ!

厚労省主催の過労死防止を考えるシンポジウムが、11月23日、札幌市教育文化会館で開催され一四〇人が参加しました。今回は、「電通」の新人社員の過労死で世論が高まる中、「防止」に向けて参加者の決意が示されたシンポジウムとなりました。
玉木一成弁護士が新人女性職員が過労死したワタミ事案を題材に基調報告
居酒屋ワタミ事案について担当した玉木弁護士は、電通の女性社員の過労死事件を引きながら、わずか2ヶ月の勤務で過労死した26歳の女性の事例を報告しました。
2ヶ月間の勤務実態を示したデーターをもとに、夕方から翌日の午前3時・5時まで休憩もとれない中で勤務を強いられたこと、休日の研修会出席やレポートの提出も求められる等、新人に対する過酷な業務の連続だったことを指摘しました。
遺族は会社の対応を批判し、業務による死亡であること、会社と役員には法的責任があること、被告は謝罪し、再発防止に努めることを求めました。更に、損害賠償とともに未払残業代の支払いと同時期4年間に入社した社員に対して未払い分を支払うことなど求めました。これらの要求を認めさせ、「画期的」な和解を勝ち取ることが出来たと報告しました。
この結果から、過労死防止につなげる教訓を示し、過労死根絶に向けての取り組を呼びかけました。

遺族からの体験報告参加者の胸を打ちました

食品会社の支店長だった夫を亡くした妻と、新卒で急性期病院に勤務し8ヶ月で自死した看護師の母親が体験を報告しました。
報告は、過重な業務に苦しんでいるとき、「辞めさせ」られなかったことを悔やみ、仕事のために心身を壊している場合、早く相談してほしいと参加者に訴えました。

過労死を考える会(家族の会)からの報告

世話人代表の菊地悦子さんは、4年間の活動で過労死遺族が7から18になったこと、①相談対応と労災支援、裁判傍聴を行っていること、②啓発事業への協力、過労死遺児の会への参加など活動の広がり、③春と秋の親睦会の開催などの活動状況を報告しました。

最後に、過労死等防止対策推進センターの皆川洋美弁護士から、閉会のあいさつがありました。

2016年北海道セミナーin日胆

10月22日・23日に、苫小牧市で「ひろがる格差・すすむ健康破壊=人間らしい働き方をめざして=」をテーマに「2016年働くひとびとのいのちと健康をまもる北海道セミナーin日胆」が開催され、労働をめぐる情勢の学習や労災・職業病・労働環境改善のたたかいなどの交流を行いました。道内各地、苫小牧・室蘭などから働く仲間129人が参加しました。

福地保馬実行委員長(北大名誉教授)から「安倍政権は「働き方改革」という欺瞞に満ちた政策を推し進めようとしています。これは飴のように見せかけた鞭を使って国民をたたくことが目的です。今年は、長年の念願であった日胆地域・苫小牧市での開催となり、やっと希望が実現できました」と開会挨拶がありました。
宮崎有広現地実行委員長(勤医協苫小牧病院院長)から苫小牧の労働者の状況とセミナー開催の意義にふれ、非正規労働者の過酷な健康被害の実例を挙げ「そういう仕事を選んでいるのは自己責任でしょうという風潮は本当に強い。そうしたことを変えていく、人間らしくまともな働き方ができるようにどう近づけていくかということをこの二日間で学んでいきたい」と歓迎の挨拶がありました。

続いて、村井勇太事務局長の基調報告がありました。

川村雅則氏(北海学園大学経済学部教授)による記念講演では、氏の調査研究から具体的な数値、実践例をあげ、格差と貧困、富の再分配、労働契約法をめぐる危険性、官製ワーキングプア、若者を取りまく困難などを解明し、人間らしい働き方の実現や格差をなくすためには労働組合の役割がますます重要となっていると訴えました。長野順一氏(道建設アスベスト訴訟弁護団事務局長)が、2月14日に判決を迎える「道建設アスベスト訴訟のたたかいについて」特別報告を行いました。

柿田泰成氏(さっぽろ青年ユニオン執行委員)から青年を対象としたブラック企業アンケートの結果を踏まえた「青年の労働実態と青年ユニオンの活動」の報告。

野呂一誠氏(勤医協室蘭診療所事務長)から「室蘭市の工業地帯の特徴とばいじん被害そして健診・アスベスト相談活動の報告」。
森下克弘氏(苫小牧ローカルユニオン事務局長)から「労働相談の事例から労働者の実態と生存権が保証される労働環境の実現を目指す取り組み」の報告がありました。(一面から)

セミナー二日目は、分科会と全体会が行われました。

第一分科会「人間らしく働く職場をつくるために~長時間・パワハラ・過労死のない職場づくりをめざして~」は37名が参加。「長時間労働」「パワハラ」「過労死」に係わる事例報告と「過労死相談20事案」「パワハラの労働組合の対応」「高校教員の長時間過密労働と部活動」の報告、そしてフロアからは「自死事件まで生じている過重労働とパワハラの実態、メンタル不全のたたかいの困難さへの対応の質問等が出され3人の助言者から「長時間労働と過労死」「パワハラを考える」「職場で健康障害を防ぐ、健康障害予防の原則」の小講演が行われました。

第二分科会「じん肺・アスベストなど職業性疾患をなくすために」は27名参加。「アスベスト肺がんの労災認定事例」の小講演後に「石綿手帳健診」「建交労労災部会の活動報告」「建交労鉄道本部の石綿健康管理手帳取得のとりくみ」「北星病院における職業病に関わるとりくみ」などの報告を受け意見交流をおこないました。

第三分科会「医療・介護・福祉労働者の「こころ」と「からだ」の健康をまもるために」は16名参加。職場の法令順守度チェックを参加者が行い、職場の仕事量・法令順守を考えるトークセッションを行いました。

閉会の全体会で、島田度副実行委員長がまとめの報告を行いました。ブラック企業の問題は結局はブラック政治経済の問題。その病根にどう立ち向かっていくかが我々の大きな課題。

日胆セミナーでは二桁の20代30代の若者に参加いただき、そこに希望を感じた。初めて苫小牧、日胆地域での開催で、地域の方々に尽力いただいて、たくさんの方が参加した。地方でこういった活動が必要とされていることだと実感した。このセミナーを契機に、職場の日々の実践と個別のたたかいを積み重ねていくことで日本全体の職場をよくしていく活動につなげていただきたい、と訴えました。

 

「公務災害」を考える学習会ひらく

2016年9月10日(土)午後2時~5時まで、札幌市内で「『公務災害』を考える学習会」を行いました。この学習会は、公立学校の先生が生徒指導問題で、不当な扱いを受け自死した事件で、遺族と元同僚が民間の労働者の「労災」に当たる「公務災害」を申請するにあたって、制度の内容を知るために行われました。「公務災害の当事者及びその家族を支える会」と「いの健道センター」が共催しました。

東京過労死を考える家族の会の工藤祥子さんは、「夫(教員)の過労死認定を得るまで」をテーマに自らの体験を報告しました。

中学校教員だった工藤さんの夫は、生徒指導専任とサッカー部顧問などを受け持ち、休日もない過重労働に巻き込まれ、2007年6月、くも膜下出血で急逝しました。享年40歳でした。

工藤さんは、過重労働が原因に違いないと、公務災害の申請を決意し同僚教員、校長の後押しも得て、膨大な申請書類をまとめ、翌年8月、地方公務員災害補償基金県支部に申請しました。しかし、2010年5月に「公務外」とされました。工藤さんにとって「夫が2度殺された」との悲痛の思いでした。

早速、審査請求を行い、「公務上」と認められたのは2年半後の2013年1月でした。夫が亡くなって5年半が経過していました。工藤さんは、校長先生までが過重労働と認めているのに、公務上を認めない「公務災害」制度の問題点を指摘しました。「何度もあきらめそうになりましたが、粘り強くたたかい続けたことで良い結果を得ることができました」と語りました。

続いて、松丸正弁護士(過労死弁護団全国連絡会議代表幹事)が、公務災害と労災制度の違いについて、労災は直接遺族補償を請求するが、公務災害はまず、「公務上」を認めてもらう請求を行い、その後、遺族補償請求となること、申請は、

①所属長(校長ら)が調査表を作成する。

②労災であれば労基署が行う関係者からの聴取手続きはなし。

③追加調査も所属長宛に行われるため、所属長への協力依頼が重要となるなど、

労災以上に周到な準備が必要であると話しました。

また、今回の教員の自死事件について申請に当たっての留意点についてコメントしました。
参加した高校教員は「今回の事件は他人ごとではない。遺族を支えて今回の事件が「公務上」となるよう支援したい」と語っています。

過労死を考える「家族の会」全国交流会に参加して

2015年7月25日~26日、全国過労死を考える家族の会、大阪過労死を考える家族の会等の共催で「夏の一泊学習交流会」が京都で行なわれ、北海道から坂田、杉村の2名が参加しました。25日は、全国過労死を考える家族の会代表の寺西笑子氏の挨拶後、「精神科医と依頼者でつくるより良い意見書」と題し、精神科医の天笠崇氏の記念講演がありました。

より良い意見書を作成する試みはより良い医療を提供することと同じであり、その中身として意見書作成の概要と工夫、医学的因果関係推論、そして認定基準の評価を活かすことであると話されました。

つづいて、岩城譲弁護士から過労死等の防止のための対策に関する「大綱」の概要の説明がありました。

その後、参加された各自の自己紹介が行なわれました。

翌26日の分科会では、遺族各自の事案を話し、参加者、弁護士からは過労死問題に取り組み各々が感じていることを聞く事ができました。
天笠崇氏の講演、そして多くの遺族の経験を聞くことが出来、とても意義のある時間を過ごしました。

北海道過労死を考える会 坂田 - 杉村 記

食品会社S支店長の過労自死事件会社と「和解」調印

S支店長は課長職から突然、支店長に昇格しました。しかし、減員され、副支店長となった前任者の協力が得られず、達成困難な売り上げ目標の未達成が続き、精神的に追い詰められました。昇格5ヶ月後にうつ病を発症し、「降格」人事を告げられ、その2ヶ月後に自死しました。
労災申請は、会社の時間外労働の記録が不備だったこともあり、棄却されましたが、不支給取消訴訟で、支店長の過重な業務とその苦悩を詳しく主張し、勝訴しました。

その後、会社に対して謝罪と損害賠償を求めて話し合いを続けていましたが、今年3月下旬、裁判外の和解が成立しました。妻は、夫の6回目の命日の前日、「和解書」に調印しました。「6年間支えてくださった皆様に感謝いたします。過労死のない社会をと願っています」と語っています。

たたかいの経過

2010年3月  自死

2010年10月 労災申請

2010年11月 申立書の記載でいの健に相談

2010年12月 申立書を提出その後、聴取

2011年6月 札幌東労基署が不支給決定

2011年8月 道労働局に審査請求

2011年8月 弁護士に相談、意見書提出

2012年3月 労働保険審査官が棄却

2012年5月 厚労省に再審査請求

2012年12月 再審査請求が棄却

2013年4月 札幌地裁に不支給取消で提訴 - 以後、10回にわたる弁論

2015年5月 札幌地裁で勝利判決(確定)

2015年9月 会社に謝罪と損害賠償を求める

2016年3月 裁判外「和解」で調印