労災不支給の撤回を求めてー3

By | 2021年1月5日

調理師の「適応障害」、再審査請求で労災認定

飲食店に勤務していた調理師のS氏は、長時間労働で「適応障害」を発症し、2018年4月に労災申請しました。その請求自体は「業務上」でしたが、3年前の「適応障害」が発病時とされ、増悪した場合は月160時間超の時間外労働が必要とされ、認められませんでした。
審査請求が棄却され、再審査請求と「不支給決定の取り消し」裁判を提訴し、係争中でしたが、2020年12月、労働保険審査会は労基署決定を取り消す判断を下し、労災が認定されました。 詳しくは島田度弁護士(きたあかり法律事務所)の報告をご覧ください。

逆転裁決 島田 度 弁護士

本稿は、帯広在住の40代調理師が平成30年2月に「反復性うつ病性障害」にり患したことについて、再審査請求手続において原処分取消の裁決を獲得したことについての報告です。
請求人は、かつて平成25年に適応障害にり患したことがありましたが、治療を受けて少しずつ病状が回復し、平成28年8月には調理師として本格的に就労を開始しました。しかし、勤務先は過重労働が常態化しており、平成29年11月中旬から平成30年2月中旬にかけて1月あたり100時間以上の時間外労働を余儀なくされ、その結果、平成30年2月中旬に反復性うつ病性障害との診断を受けるに至りました。

本件で最も問題となったのは、請求人が平成25年に適応障害にり患しており、働いている間も通院投薬治療中だったという事情です。
現在の労災認定基準では、健常な労働者については、心理的負荷が「強」と評価される出来事があれば労災と認められます。「強」にあたるのは、例えば1月100時間以上の時間外労働が3ケ月続いたような場合とされているので、本件もこの「強」には当然あたることになります。ところが、現行の労災認定基準は、精神疾患を発病して治療が必要な状態にある労働者の病状が悪化した場合、労災と認められるためには1月あたり160時間を超える長時間労働などの「特別な出来事」が必要であるとなっています。その理由としては、治療が必要な状態にある者は「ささいな心理的負荷に過大に反応する」状態にあるため、心理的負荷が「強」の出来事があった程度では業務が原因での悪化かどうかがわからない、ということだとされています。
しかし、これは素朴に考えて、全く逆さまの話です。よりストレスに弱い状態の労働者のほうが労災認定のハードルが高い。よりストレスに弱い状態の労働者のほうが酷使しても労災認定されなくて済む。これは明らかに現行の労災認定基準が誤っていると言わざるを得ません。

請求人は、このような労災認定基準のおかしさを正したいという思いもあって労災申請、さらに審査請求と進みましたが、いずれも認められなかったため、2019年11月19日に再審査請求をするとともに、翌2020年5月27日には、再審査請求と同時並行で、札幌地裁に取消訴訟を提起しました。(2016年に行政不服審査法が改正されたことにより、このように同時並行で手続を進めることが可能になりました。)両手続とも、大阪の松丸 正弁護士と私が代理人を務めていました。

弁護団としては、再審査請求にはほぼ期待できないであろうと見込んでおり、取消訴訟が主戦場だと考えていました。しかし、取消訴訟の主張反論がいよいよ本格化しつつあった2020年12月中旬、唐突に、原処分取消の裁決書が請求人のもとに届きました。率直にいって、弁護団としても全く予想外の出来事でした。

裁決書の内容としては、上記で指摘したような労災認定基準の枠組み自体を乗り越えたものではなく、カルテ等からうかがわれる請求人の精励ぶり、仕事への意欲等を丁寧に拾ったうえで、平成30年2月の時点で請求人の病状は「寛解」といえる状態に達していた、すなわち「症状の悪化」ではなく「発症」だという認定によるものでした。
治療中の者の症状悪化について「特別な出来事」を要求する現行基準の問題点を直接正すような裁決でなかったことはちょっと残念ですが、この判断内容によれば、心理的負荷が「強」と判断されるほどに精励している労働者は「寛解」とされる可能性が高くなるはずですから、事実上、現行基準の問題点を骨抜きにする手掛かりとなるような裁決であったと思います。また何より、長い訴訟を闘い切るまでもなく救済を得られたことは、当事者にとってはとても良い結果だったと思います。             2021.1月発行いの健ニュースから転載