2016年9月10日(土)午後2時~5時まで、札幌市内で「『公務災害』を考える学習会」を行いました。この学習会は、公立学校の先生が生徒指導問題で、不当な扱いを受け自死した事件で、遺族と元同僚が民間の労働者の「労災」に当たる「公務災害」を申請するにあたって、制度の内容を知るために行われました。「公務災害の当事者及びその家族を支える会」と「いの健道センター」が共催しました。
東京過労死を考える家族の会の工藤祥子さんは、「夫(教員)の過労死認定を得るまで」をテーマに自らの体験を報告しました。
中学校教員だった工藤さんの夫は、生徒指導専任とサッカー部顧問などを受け持ち、休日もない過重労働に巻き込まれ、2007年6月、くも膜下出血で急逝しました。享年40歳でした。
工藤さんは、過重労働が原因に違いないと、公務災害の申請を決意し同僚教員、校長の後押しも得て、膨大な申請書類をまとめ、翌年8月、地方公務員災害補償基金県支部に申請しました。しかし、2010年5月に「公務外」とされました。工藤さんにとって「夫が2度殺された」との悲痛の思いでした。
早速、審査請求を行い、「公務上」と認められたのは2年半後の2013年1月でした。夫が亡くなって5年半が経過していました。工藤さんは、校長先生までが過重労働と認めているのに、公務上を認めない「公務災害」制度の問題点を指摘しました。「何度もあきらめそうになりましたが、粘り強くたたかい続けたことで良い結果を得ることができました」と語りました。
続いて、松丸正弁護士(過労死弁護団全国連絡会議代表幹事)が、公務災害と労災制度の違いについて、労災は直接遺族補償を請求するが、公務災害はまず、「公務上」を認めてもらう請求を行い、その後、遺族補償請求となること、申請は、
①所属長(校長ら)が調査表を作成する。
②労災であれば労基署が行う関係者からの聴取手続きはなし。
③追加調査も所属長宛に行われるため、所属長への協力依頼が重要となるなど、
労災以上に周到な準備が必要であると話しました。
また、今回の教員の自死事件について申請に当たっての留意点についてコメントしました。
参加した高校教員は「今回の事件は他人ごとではない。遺族を支えて今回の事件が「公務上」となるよう支援したい」と語っています。