大手製紙工場の過労死 調停で和解

2013年9月、大手製紙工場内で電気技師のAさん(当時30歳)が感電死しました。災害発生時は年に一度の「休転期間」で、工場は稼働を停止して設備の点検・保守を行っていました。担当のAさんは徹夜作業中で、9月は亡くなる21日まで、118時間の時間外労働を行っていました。
会社は労災事故として対応し、労災補償は認定されましたが、妻のMさんは「夫は過重労働に苦しんでいた」として、会社への損害賠償を求めるとして弁護士に相談しました。
一昨年、札幌簡易裁判所に調停を申し入れ、以後、9回の調停が行われ、昨年12月26日、謝罪、労災死の労働者の碑を建立する、解決金などで合意が成立しました。
Mさんは2人の子供さんを抱える中、亡くなって4年3ヶ月間、「過労死家族の会」の皆さんにも支えられながら、たたかい続けました。

製紙工場で過労死したAさんの解決事例

Aさんは、2013年9月21日、工場内での労災事故で亡くなられました。年に一度の「休転期間」という工場をストップさせての保守・点検作業中の事件でした。
最初のご相談のとき、既に労災の認定はされており、一定の長時間労働も認められていました。しかし、それ以上の証拠が手に入ることはありませんでした。私たち代理人が最も悩んだのは、妻Mさんのお話をお伺いし、これが過労死であると確信しつつも、正面から過労死と言えないという点でした。死因が感電死だったために、脳心臓疾患とも、精神疾患による自死とも言えず、長時間過密労働との因果関係が問題になるからです。訴訟ではこの点を乗り越える必要があり、それは非常に困難と思われました。
そこで、私たちが選んだ手続は、民事調停手続でした。民事訴訟と違い、民事調停手続はあくまでも当事者間の話し合いによる解決を目指します。そのため、会社がこれに応じなければそこで終了です。会社には内密に準備作業を進めてきたので、会社の態度は分かりません。いわば、一つの賭けに出たのです。
結果は成功でした。会社も真摯に対応してきたのです。こちらが求めた記録や、労働状況の改善案についてもある程度柔軟に提示してきました。会社の主張を前提としても、直近の時間外労働時間は、2013年9月1日から17日までで117時間であり、うち同月9日から17日までは13日間が連続勤務という長時間過密労働が行われていたことに争いはなく、会社にも訴訟移行した場合のリスクがあったからかもしれません。
今回、勝利的和解を勝ち取りましたが、そこへ至る道も困難の連続でした。調停申立てから、実に9回もの期日を重ねました。会社は、道義的責任を認めつつも法的責任は否定し、解決水準にも大きな開きがありました。謝罪の言葉にも大きな抵抗を示されました。 状況を変えてきたのは、常にMさんの思いでした。その強い思いは、会社や調停委員だけではなく、私たち代理人をも奮い立たせ、大幅な解決水準の引き上げだけではなく、会社側から社業の寄与に対する感謝、長時間過密労働を行わせたことへの謝罪、亡くなられたことへの遺憾の意をそれぞれ表明させ、労務管理の改善策を提示させるなど、訴訟では勝ち取りえなかった条項まで、勝ち取ることができました。
私たちにとっても、過労死案件を民事調停で解決させることは初めての経験でした。困難があっても諦めずに、事実を元に説得をする。その基本が改めて重要であることを教えて頂きました。
 北海道合同法律事務所
弁護士 池田 賢太