吃音への理解や配慮があれば弟は看護師として働き続けられた:言友会の吃音啓発フォーラムで、自死した弟の気持ちを姉が代弁

11月19日午後、札幌市内で北海道言友会主催の「吃音啓発フォーラム」が行われました。2016年4月に施行された「障害者差別解消法」にもられた「合理的配慮」を考えあう事がテーマでした。この中で、3年前、看護師となった吃音のある弟が仕事上で苦しみ自死した悲痛な体験を姉のTさんが報告し、吃音があっても生き、働き続けることが出来るようにと訴えました。

仕事で悩み・・・看護師に

弟は、3才から難発の吃音をもっていましたが、学生時代は、友人も多く明るく元気で、吃音が大きな壁になることはありませんでした。しかし、希望の警察官採用試験で、面接という壁に何度もふさがれました。近所のおもちゃ屋さんの販売員では、自分の吃音を理解してくれる上司や同僚がいて、働きやすかったようです。

30歳になって、「体の不自由な人の助けになりたい」と思い、吃音症状を理解してくれる病院でなら、人の役に立つ仕事に就けると考え、看護師の道に進みました。吃音を理解してくれる病院を探していましたが、看護学校の講師だった札幌市内の循環器系の急性期病院の看護部長に声をかけられ、「万全の体制を整えて待っています」と誘われ、就職を決めました。本人はもとより、私たち家族は本当に喜びました。

就職しカミングアウト

働いてすぐ、病院から「商品説明」という形の自己紹介を求められました。弟は、・吃音がある。・緊張する場面(人前)で言葉が出にくくなる。・話そうとしているときに急がされると更に言葉が出せなくなる。大声、威圧的、高圧的態度をされると、萎縮してしまう。などと、シートに記載していました。

職場の実態

自死してから、弟の部屋にあったノートには、そのカミングアウトが理解されていない中で苦しんだ状況を示す書き込みがありました。

弟は、重症者の対応で、覚えるのが精一杯なうえ、緊張して何度も吃っていたようです。「繰り返し練習させると吃音が治ると考えていた指導者」は、ナースステーション内のスタッフが行き交う場所で、検査の説明の練習を繰り返しさせていました。
これは、余計に吃りが強くなります。指導者が別の報告手段を考えてくれたり、声をかけてくれれば、少しは違ったのかもしれません。

合理的配慮があれば

上司や指導者たちは、「吃音」についての、知識も配慮もない上に、理解への努力がなかったと思います。

「頭ではわかっているが、普通にできない」ことの苦しみ、辛さは、吃音のある当事者にしかわからない、耐え難いことだと思います。言葉がすぐに伝わらないことだけで、その人の人間性を否定しないでほしいと思います。

しかし弟は、最後まで必死に努力し、自分で選んだ職業を全うしようと思っていました。
人生に「もし」という言葉は無いと言いますが、もし、上司や指導者が、吃音者を理解してくれていて、症状が強く出た時には、心理的な重圧が高くなっているとして、弟に関わってくれていたのなら、このような最悪の結果にならなかったのではと、悔やまれてなりません。