裁判で係争中に国が労災認定:24時間勤務のビルメン労働者が勝訴

24時間連続勤務のビルメンテナンスの仕事に従事していたSさん(45歳)は、長時間にわたる変則勤務により、2013年10月うつ病となりました。翌年3月労災申請しましたが不支給となり、2016年8月、国を相手に行政訴訟を提訴しました。

第2回期日前の3月初旬に国から「処分の『うち直し』を検討」と連絡があり、以後、原告と当該労基署で話し合いを行ってきました。

原告は、「24時間連続勤務中は仮眠が取れない状態であり、『手待ち時間』ではなく労働時間」と出張していました。国は裁判途上に再度現場労働者の聞き取りを行った結果、S氏の発病1ヶ月前の時間外労働が174時間46分あることを確認し、160時間を超える「特別の出来事」に該当するとして労災認定し、裁判の中止を判断しました。

原告は弁護団と協議し、6月13日それを受け入れることを決め裁判の取り下げとなりました。労災申請した2013年10月から14年2月までの休業・療養補償給付金の支給が決定しました。現在、14年3月以後の労災申請を行い、継続した認定をめざしています。

Sさんは「労災が認められず、体調不良のまま勤務に就き、結局病状は悪化してしまいました。最後は認められましたが、10年間にわたる体調不良と長い闘病生活を続けています。同じような勤務に就いているビルメン労働者の待遇改善につながればいいと思っています」と述べています。

ビルメン労働者の労災認定、瀨戸悠介弁護士の報告です。

国が、訴訟中に札幌中央労働基準監督署が出した療養補償給付の不支給決定取消処分をいわゆる「打ち直し」をすることで支給決定をし直した事例

異例の「うち直し」で勝訴

ビルメンテナンスの労働者Sさんが2016年8月末に労災不支給決定について取り消しを求めて提訴した裁判が平成29年3月末、国自らが不支給決定を変更し、支給決定とする「打ち直し」をすることで解決しました。

3日に1度の24時間勤務

Sさんは、平成6年8月から、札幌所在のビル管理会社に勤めており、平成19年6月からは新聞工場の設備保守管理、機器運転監視等を行っていました。Sさんが管理をすることになった新聞工場は、平成19年7月から稼働したばかりで、Sさん以外に空調機器を操作できる同僚もいないため、Sさんは一人で湿度や温度等の情報採集や機器への情報の打ち込みをせざるを得ない状況が続きました。

Sさんの勤務時間は3日に1度の24時間勤務であり、仮眠時間は5時間となっていましたが、仮眠場所はパーテーションで仕切った程度で、室内の音は普通に聞こえる状況でした。しかも、毎日午前2時に必ず電力異常の警報が鳴り、午前4時ころからは輪転機のメンテナンスを行う業者が新聞工場を来訪することが頻繁にあるなど、警報音や対応のせいで仮眠もとれない状況でした。

労災申請と不支給決定

Sさんは上記の過酷な労働環境によって、平成20年7月、うつ病と診断されたため、会社に対し転勤願いと有給申請をしました。同年9月、Sさんは別のビル管理業務となりましたが、平成25年9月頃には月約174時間の残業をすることとなり、うつ病の症状が増悪したため、同年10月2日、病院に入院することになりました。Sさんは、このうつ病は労災だと考えて労災請求をしましたが不支給決定となり、審査請求、再審査請求でもこの判断が覆ることはありませんでした。

不払い残業代は認定

この間、Sさんは、平成27年2月2日、札幌中央労働基準監督署に対し、平成25年2月分から平成27年1月分の未払残業代の支払いを求める申告を行いました。すると、平成27年2月13日、札幌中央労基署は、コールセンターでの仮眠時間及び休憩時間は、全て労働時間だと認め、会社に対して是正勧告を出したのです。しかし、審査請求、再審査請求ではこの事実は無視され、平成28年2月24日、労災不支給が決まりました。Sさんは悔しい思いを捨てきれず、8月末に取消訴訟を提訴したのです。

3月、「処分の打ち直し」

その後、平成29年3月初旬、国の代理人から連絡があり「国が『処分の打ち直し』を検討している」と伝えられました。平成29年3月24日、札幌中央労基署副所長その外2名がSさんの下を訪れ、不完全な調査で不支給決定をしたことを謝罪しました。そして、同年4月4日、支給決定が出されたため、訴訟は取り下げにより終了しました。

「あきらめない」Sさんの粘りが勝利を招いた

国が訴訟中に処分の変更を行うことはとても珍しく、私を含めた弁護団でもとても驚く結果となりました。やはりSさん自身が審査請求や再審査請求の棄却の結果に諦めず、労基署に未払い賃金を申し出て是正勧告を勝ち取ったことで、国もこれ以上は戦えないと白旗を上げ、支給処分をしたのではないかと思います。 私自身もこの事件を通じてあきらめないことの大事さを教えていただけました。まだまだ解決していない点も残っておりますので、今後もSさんのために支援を続けていく所存です。

弁護士 瀨戸悠介(たかさき法律事務所)

主任研究員のうつ病:研究所は安全管理義務違反認めよ

K氏(男・46歳)は、(株)北海道21世紀総合研究所に主任研究員として勤務していました。10年目が経過した頃、「産業廃棄物・リサイクル」関係の調査業務が増加し2005年10月以降は時間外労働が100時間を超える過重労働が続き、2006年1月、うつ病を発症しました。

その後、給与が半減し体調不良で休職を求めても認められず、2008年からは退職勧告を受け、いじめ・嫌がらせが強まりました。不正常な勤務で治療を続けていましたが、札幌ローカルユニオン「結」に加盟し、いの健道センターとも相談して2013年8月労災申請し、翌年1月発病時にさかのぼって労災の休業・療養補償が認められました。

しかし、研究所はうつ病の発症は業務と無関係とし、労組が団体交渉で指摘しても態度が変わらないため、2016年1月安全配慮義務違反と労務管理をせず、長時間労働やうつ病にり患した労働者を働かせ続けた故意または過失の不法行為があるとして、「研究所」と取締役で上司のH氏に対する損害賠償請求を札幌地裁に提訴しました。

以降、2016年7月まで5回の口頭弁論期日が行われ、その後は弁論準備(ラウンド)で、4月25日は8回目の弁論準備が行われました。

この間、裁判所の意向により原告から「和解案」を提出しましたが、被告は「解決金に疑義がある」などとして、結論の先延ばしをはかっているような対応に終始しています。

うどんチェーン店・店長の民事訴訟「和解」

2016年3月、過重労働で労災認定を受けていたうどん店の店長Aさんは、弁護士と相談して昨年年末に民事訴訟を提訴しましたが、先月和解しました。担当されたブラック企業被害対策弁護団北海道支部の弁護士からの報告を掲載します

大手うどんチェーン店に店長として勤務していた札幌在住のAさんが2016年末に会社を相手に安全配慮義務違反による損害賠償請求を求めて提訴した裁判が、第1回期日前に和解で解決しました。

Aさんが2012年に入社した大手うどんチェーン店では、店長が複数店舗を担当するとされており、Aさんも3店舗の店長を兼任させられました。Aさんは、20年近く飲食業界におり店長経験も豊富なベテランでしたが、流石にこのような勤務形態は初めてで、14日間連続勤務、月110時間超の残業を含む過酷な労働を経て、入社後わずか4ヶ月でうつ病を発症し入院することになりました。

Aさんは、うつ病が小康状態になったあと2015年に労災申請を行いました。会社の非協力的な対応もあり当初は難航しましたが、いの健センターの助けもあり、2016年に無事労災支給決定がなされました。これを踏まえて、会社の安全配慮義務違反を問うために提訴したのが冒頭で述べた裁判です。

Aさんとしては、長時間労働に対する社会的な注目が高まっている情勢でもあり、裁判を通じて会社の社会的責任を問いたい想いもありましたが、未だ療養中であり、裁判を行うことに医師から消極的な意見があったことや、会社側からAさんが納得しうるだけの和解案が提示されたことから、和解に踏み切りました。

諸般の事情により、和解内容や交渉経過について述べることはできませんが、今後、会社が再発防止のための労働安全衛生活動を行うことをAさんは確信しています。

また、この裁判を提起するにあたりワタミ過労自死事件のご遺族が設立した「望基金」からご支援を頂きました。このご支援を頂いたことによりAさんはとても励まされましたし、「望基金」の支援を得た事件であると会社側が認識したことが早期和解に繋がったようにも思います。

和解成立を受け、Aさんは寛解を目指し職場復帰に向けた努力を開始しています。

この事件を担当したブラック企業被害対策弁護団北海道支部としてもご本人にとって良い解決がなされたことで職責を果たすことができたことに感謝するとともに、今後もこのような被害者の救済にあたっていく所存です。

ブラック企業被害対策
弁護団北海道支部
弁護士 中島 哲

24時間勤務のビルメン労働者労災不支給の取り消し求め提訴

24時間連続勤務のビルメンテナンスの仕事に従事していたT・S氏(45歳)は、長時間にわたる変則勤務及び過剰勤務により、2013年10月うつ病で入院しました。翌年3月労災申請しましたが不支給決定となり、審査請求、再審査請求も棄却されました。「裁決書」では、ことごとく会社側の証言を基に判断し、「請求人の勤務態様は手持ち時間が多く、労働密度は決して高いとは言えない」としています。

 

T・S氏は、「現場の実態を見ない不当な決定」と憤り、妻とともに、ビルメンテナンス労働者の劣悪な労働実態を改善し、健康が守られる勤務条件にすることをめざして、国を相手に、労災不支給決定の取り消しを求める行政訴訟を行うこととし、先月、札幌地裁に提訴しました。いの健道センターでは同業の仲間をはじめ、多くの皆さんの支援を呼びかけています。

「公務災害」を考える学習会ひらく

2016年9月10日(土)午後2時~5時まで、札幌市内で「『公務災害』を考える学習会」を行いました。この学習会は、公立学校の先生が生徒指導問題で、不当な扱いを受け自死した事件で、遺族と元同僚が民間の労働者の「労災」に当たる「公務災害」を申請するにあたって、制度の内容を知るために行われました。「公務災害の当事者及びその家族を支える会」と「いの健道センター」が共催しました。

東京過労死を考える家族の会の工藤祥子さんは、「夫(教員)の過労死認定を得るまで」をテーマに自らの体験を報告しました。

中学校教員だった工藤さんの夫は、生徒指導専任とサッカー部顧問などを受け持ち、休日もない過重労働に巻き込まれ、2007年6月、くも膜下出血で急逝しました。享年40歳でした。

工藤さんは、過重労働が原因に違いないと、公務災害の申請を決意し同僚教員、校長の後押しも得て、膨大な申請書類をまとめ、翌年8月、地方公務員災害補償基金県支部に申請しました。しかし、2010年5月に「公務外」とされました。工藤さんにとって「夫が2度殺された」との悲痛の思いでした。

早速、審査請求を行い、「公務上」と認められたのは2年半後の2013年1月でした。夫が亡くなって5年半が経過していました。工藤さんは、校長先生までが過重労働と認めているのに、公務上を認めない「公務災害」制度の問題点を指摘しました。「何度もあきらめそうになりましたが、粘り強くたたかい続けたことで良い結果を得ることができました」と語りました。

続いて、松丸正弁護士(過労死弁護団全国連絡会議代表幹事)が、公務災害と労災制度の違いについて、労災は直接遺族補償を請求するが、公務災害はまず、「公務上」を認めてもらう請求を行い、その後、遺族補償請求となること、申請は、

①所属長(校長ら)が調査表を作成する。

②労災であれば労基署が行う関係者からの聴取手続きはなし。

③追加調査も所属長宛に行われるため、所属長への協力依頼が重要となるなど、

労災以上に周到な準備が必要であると話しました。

また、今回の教員の自死事件について申請に当たっての留意点についてコメントしました。
参加した高校教員は「今回の事件は他人ごとではない。遺族を支えて今回の事件が「公務上」となるよう支援したい」と語っています。

飲食店勤務の弟・調理師は過労死:労災認定めざし、証人尋問

千歳市内の飲食店に勤務していたM・Sさん(男・当時62歳・単身)は2011年7月、激務が続く中、自宅で脳出血を起こし死亡しました。札幌に住む姉のKさんが、「月308.5時間」というメモを見つけ「弟は過労死に違いない」と、翌年4月労災申請しました。しかし、労基署は経営者の意見を鵜呑みにして不支給決定とし、審査請求、再審査請求も棄却されました。

家族会議を行い、このまま泣き寝入りできないとKさんは2014年5月「労災不支給決定の取り消しを求める行政訴訟」を提訴しました。以後、2年4ヶ月間、札幌地裁で12回にわたる期日が行われてきました。

口頭弁論の中では、経営者の「下働きだった」「時間外は少ない」「長期に休んでいた」「朝お酒が臭く、アル中の様だった」などの主張に対して、同僚や友人とのメールのやり取り記録や当時本人が使っていた手帳を見つけるなど新たな証拠を出し、医師意見書も提出しました。そして、いよいよ結審前の証人尋問が行われることになりました。Kさんの尋問は、9月13日午後2時から札幌地裁で行われます。過労死を考える会(家族の会)は傍聴支援を呼びかけています。

バス運転手:運転中の脳出血で左半身マヒ労災認定!

バス運転手A氏・男性、55歳は、2015年8月定期バスで札幌市内を運転中に脳出血で倒れ労災申請していた事件で、労災支給が決定しました。

A氏は、左半身マヒ、意識・見当識障害など障害1級となり、入院治療が続いています。勤務拘束時間は月288時間、公休は月4日という過重な勤務状態でした。

妻がいの健センターに相談し弁護士、交通、運輸関係の労組とも連携をとりながら、労災認定をめざしてきました。この事件を契機に、バス運転手の労働条件改善に向けた取り組みをめざしています。

過労死防止対策の強化を!2015年度過労死等の労災補償状況

2015年度は、脳・心臓疾患と精神障害の労災申請件数はいずれも前年を上回りましたが、支給決定数はいずれも前年を下回りました。
厚生労働省は6月24日、2015年度の過重な仕事が原因で発症した脳・心臓疾患や、仕事による強いストレスなどが原因で発病した精神障害の状況について「過労死等の労災補償状況」を公表しました。
脳・心臓疾患の労災申請数は、795件(前年度比32件増)。支給決定件数251件(前年度比26件減)、うち死亡件数は96件(前年度比25件減)。
申請件数が多いのは「運輸業、郵便業」181件、「卸売業、小売業」116件、「建設業」111件で、支給決定件数では「運輸業、郵便業」96件、「卸売業、小売業」35件、「製造業」34件の順となっています。1か月平均の時間外労働時間数別支給決定件数は、80時間未満は12件で支給決定の5%でした。80時間以上の合計は225件でした。
精神障害の労災申請件数は1,515件(前年度比59件増)、うち未遂を含む自殺件数は前年度比14件減の199件でした。
支給決定件数は472件(前年度比25件減)、うち未遂を含む自殺の件数は前年度比6件減の93件でした。
申請件数が多いのは、「製造業」262件、「医療,福祉」254件、「卸売業、小売業」223件の順に多く、支給決定件数は「製造業」71件、「卸売業、小売業」65件、「運輸業、郵便業」57件の順でした。
1か月平均の時間外労働時間数別支給決定件数は、「80時間以上の件数は192件でした。
出来事別の支給決定件数は、「仕事内容・仕事量の(大きな)変化を生じさせる出来事があった」75件、「(ひどい)嫌がらせ、いじめ、又は暴行を受けた」60件の順でした。

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4野党・全労連・連合・全労協など労基法の抜本改正で一致

長時間・ただ働き横行ただす
民進党、日本共産党、生活の党、社民党は、労働基準法改正案を共同提出しました。
日本は、ILO第1号条約(8時間労働制)を批准しておらず、諸外国と異なり労働基準法で残業時間の上限を定めていません。
長時間労働は野放しにされ、サービス残業(ただ働き)も横行し、過労死等の重大な問題になっています。法案は、残業上限の規制、連続休息時間の保障、裁量労働制の規制、労働時間の抜本短縮など、労働者の生活と健康を守るものとなっています。また、労働時間短縮によって安定した雇用の拡大も期待できるものです。

Kスーパーのパート販売員Nさんパワハラで労災申請

Nさん(女性・52歳)はパートでしたが、メガネ売り場では一番の売り上げでした。にもかかわらず、同性の上司とその上の副店長から執拗ないじめ・嫌がらせを受けました。日常的に、「達成困難なノルマを課せられ、達成できないと反省文の提出を求められる」「お客さんの前で叱責され謝罪を求められる」「規定上、違反でないのにタートルの着用を禁止される」「トイレに行くことを監視される」などが続いていました。店の商品の紛失事件では、一方的に責任を追及され、解雇につながるカウンセリングを受けました。

2014年4月には出勤できなくなり、「適応障害」の診断を受け休業しました。復職後は肉の試食販売部門に異動させられ、慣れない業務に追われて「両手部腱鞘炎」で労災となりました。しかし、スタッフ不足との理由でフルタイム並みの過重な勤務に組み込まれ、11月下旬、腹痛・嘔吐などで救急搬送され以後、休業扱いとなりました。そして2015年3月、一方的に解雇されました。

Nさんは昨年9月、いの健センターに相談し、以後、話し合いを重ねて「陳述書」を作り上げ、弁護士の意見書を添えて、先月、労災申請を行いました。

尚、家族、職場の元同僚、お店のお客さん等からの7通の意見書も添付しました。

 

イベント会社のチーフディレクターが労災認定!190時間超の時間外でうつ病を発症した

イベント会社でチーフディレクターとして勤務し、長時間労働と経営者からの「達成困難なノルマ」「パワハラ」でうつ病を発症し、自殺(未遂)となったTさん(58才)の労災補償が決まりました。たおれて1年8ヶ月、労災申請して9ヶ月、療養を続けながらの努力の中での認定です。

休日は3ヶ月に1日

Tさんは、会社のイベント業務の企画から運営まで任されていました。発病前の3ヶ月の月平均時間外は一七八時間という長時間労働で、休日を取ることもできない状態でした。労災の認定基準で「強」となる一六〇時間を超える異常な勤務を余儀なくされていました。
その上、社長からの無理な予算でのイベント事業の強要、同時に生じた赤字の処理の押しつけ、残業代の未払いなど、すべてのエネルギーを出し切って働いたTさんにとっては耐えられない状態が続いていました。
一命を取り留めた後、いの健センターに相談し、労災補償とともに、残業代未払問題などを含めて弁護団との話し合いと調査を通して、認定を勝ち取りました。

Tさんは、「療養しながら、途中で入院治療もあり大変でしたが、弁護士の先生方、職場の同僚の支援に支えられて認定を勝ち取ることができました。」と語っています。

こんな働き方は、無くさなければ・・・

Tさんは今回の体験を踏まえて、、国会に提案されている「残業代ゼロ法案」などの労働法制改悪案について次のように語っています。

「私の仕事は、イベントの企画・運営の仕事です。裁量労働制の『事業の運営の実施の管理』という言葉に、ぴったりあてはまります。また、『高度の専門的知識、技術、経験』といえるかもしれません。私たちの仕事はイベントの企画運営なので、長時間働いたからといって、売上や成果があがる、というものではありません。『高度プロフェッショナル制』についても、あてはまる可能性があります。しかも、何かトラブルがあったら、休日を返上してでも現場にかけつけなければなりません。私が、労働時間法制の改悪の話を聞いたときに、真っ先に思ったのは、『こんな法律が通ってしまったら、うちの業界は死人の山になる』ということでした。

会社は、残業代を払わなくても良くなったら、従業員らをさらに働かせようとするでしょう。その結果、私のように精根尽き果てるまで働かされ、その挙げ句に命を落としてしまう人も沢山出るでしょう。私のような思いをするのは、私だけで十分です。ほかの誰にも、このような思いをさせたくはありません。このような法制度の改悪は、絶対に許してはならないと思います。」
この発言はTさんの様に働いている多くの人たちに届けることが重要です。

 

二十四時間勤務のビルメンテナンス、労災審査請求へ / 心理的負担が一度にかつ複合的に襲い、過酷な状況

T・Sさん(31才)は、2009年年7月ビルメンテナンスとして派遣された新聞工場で、T・Sさん一人に業務が集中し、かつ24時間の連続勤務で仮眠が十分採れない状態が続き双極性障害を発症しました。異動先でも、人員不足で休みがとれず、病気が増悪して入院し労災申請をしましたが、14年8月不支給決定されました。

過酷な労働による病気であることから、さらに詳細な労働実態を示す意見書を作成し、11月に審査請求しました。

意見書では、職場には空調管理のデータや経験が全く蓄積されておらず、新聞印刷で繊細な温度・湿度管理が求められ、極めて心理的負担が大きいこと。
空調管理機器を適切に操作できる技術ある同僚がいないことが自分のシフト以外にも業務を行うなど過重負担を増大させたこと。

さらに、業務の合間に仮眠をとり疲労を回復すべき時間帯すら、来訪者の対応に追われて仮眠を取ることもままならなかったこと。

異動したビルでも人員不足のなか、仮眠時間も満足に取れず、時間外労働も百六十時間を超える「極度の時間外労働」おこなっていたこと。

以上から、心理的負担を与える出来事が一度にかつ複合的にT・Sさんを襲い、過酷な状況にあった事は明白。不支給決定は著しく不当としています

薬局事務(女性)頸肩腕障害で労災認定 / 過度な事務業務と調剤業務が原因

保険薬局勤務9年のYさん(30才)は、手の震えやつっぱり、肩こりがひどく、今年(2014年)1月、札幌ワーカーズクリニックで頸肩腕症候群と診断されました。クリニックといの健センターが連携し、Yさんは母親の支援を得て「申立書」を作成し4月に労災を申請していました。

薬局事務に調剤業務が加わる

Yさんは札幌市内だけでも約30店の薬局を経営する会社のベテラン事務員として働いていました。
平成22年8月、M店に異動し、これまでの仕事(処方箋のパソコン入力、薬の検品、市販薬の販売や発注)に加え、薬剤師不足で調剤業務が加わりました。
昨年8月からは、高齢者施設の調剤業務が増え、労働時間も、早番・遅番勤務や週2回19時(通常17時半)まで勤務など大きく変わりました。

狭い作業場、不自然で緊張する調剤作業

作業環境は、薬局内で職員同士がぶつかるなど狭く、調剤台が低いため常時前のめりの作業で、薬の一包化作業では、うつむいたままで、足は大股に開き腰を落として、しかも錠剤をヒートシートから外す作業など極めて不自由な姿勢をとらなけれななりません。その上、半錠はさみやピンセットを使用し、虫眼鏡での小さい錠剤の確認など、間違いが許されない「過度の緊張」の中での作業です。

手のしびれ・痛みなど出現仕事ができず

昨年12月初旬より、手に震え・つっぱり、肩こり、腰痛などが続いていましたが、忙しい時期で受診できず経過していました。
今年の1月に鍼などの治療を受けるも、症状は改善せず、痛みをこらえて働きましたが、右手に電気が走ったようなしびれと痛みで全く作業ができなくなりました。

頸肩腕症候群と診断

心配した家族の紹介で札幌ワーカーズクリニックを受診しMRIなど各種検査の結果、頸肩腕症候群と診断されました。

認定基準を学び「自己意見書」を作成

4月、クリニックといの健の連携による支援を得て「自己意見書」を作成し、労災申請しました。
クリニックの佐藤修二医師の「意見書」も功を奏して、先月労災が認定されました。Yさんは「休業補償も得ることができ、本当に良かった。リハビリなど治療に励み、早く社会復帰したい」と喜びを語っています。

 

「一人親方」のじん肺 / 「労働者性」認められ労災認定される!

ハツリ工のKTさん(61才)は、約40年にわたり粉じん作業従事しました。後年、勤務先の倒産で一人親方となり、2011年12月、石綿肺と診断され、労基署にじん肺の管理区分の決定を申請しましたが、「個人請負」として返戻されていました。
その後、同僚で一人親方のハツリ工が雇用も同様で元請けから請負料を賃金として受け取っていHさんが振動障害で労災認定されたことがわかり、改めて自身の申請手続きを行いました。

KTさんの症状は、50mの連続歩行困難、継続的な会話が出来ないなどで重症です。石綿障害による呼吸機能障害4級の認定を受け、生活保護を受給して療養していました。

札幌ワーカーズクリニックの佐藤修二院長の「じん肺管理区分Ⅳ」の診断を受け、2013年12月管理区分が決定しました。
14年1月労災補償を申請し、5月末、「労働者性」が認められ、労災が認定されました。
身体的にも経済的にも困難を抱えている「一人親方」にとって画期的な労災認定です。

過重労働とパワハラで「うつ病」 / イベント会社チーフディレクターTさんが労災申請へ

Tさんは、2007年設立のイベント会社にチーフディレクターとして勤務し企画・制作に従事しました。しかし、長時間労働とパワハラ、債務の立替え払い、降格や賃下げなどにより精神的に追いつめられ、昨年9月自殺未遂・・・。病院受診で「うつ病」と診断され加療中です。現在、労災申請と損害賠償請求訴訟を準備中です。先般、札幌地裁の裁決により、弁護士が会社に立ち入り証拠保全を行いました。

時間外労働が急激に増加

入社して3年目の09年ころから急激に労働時間が増えました。午前8時半出勤で、退勤は午後10時を超え、土日出勤でも代休が取れない状態になりました。
Tさんは「13年4月以降、時間外労働が1ヶ月当り百時間を大幅に超過する状態」になりました。

債務の立替えや押し付け

会社は、同時期から業者への支払い決済を拒んだりするようになり、Tさんは、12年11月のイベント費用をやむを得ず立替え払い(約一一五万円)、また美術館のLED照明器具代(約75万円)も同様で、いまだに返済されていません。
13年3月のジャズイベントの運営費用約2千5百万円見積りを、会社は「1千6百万円でやれ」と命じ、Tさんは「出来ない」と強調しましたが拒否され、結局、約一千万円をこえる赤字となりました。

パワハラ・降格・賃下げ

会社は、全従業員を前に「お前のせいだ」「能力がない」と罵倒するなど、執拗なパワハラを仕掛けてきました。
挙げ句の果て、13年9月、チーフディレクターからの降格と、月当たり約11万円の賃下げを行いました。

自殺未遂、「うつ病」で加療

Tさんは、精神的に極限まで追いつめられ、13年9月末、出社できずに車で山道をさまよい、気が付いたら、自殺を試みていました。幸い、一命を取り留め、奥さんからの携帯電話への必死の「呼びかけ」で我に返り助け出されたのです。
そのまま、精神科の病院に入院し、「うつ病」の診断で現在加療中です。

労災申請とともに損害賠償へ

Tさんは「いの健道センター」に相談し、弁護士との面談を経て、労災申請と同時に会社を相手取り、未払いの時間外手当、立替金支払い請求などを行う準備をすすめています。

B市役所の上司のパワハラ事件、「調停」で和解 / 被災者側が市と加害者に見解を表明

4年前、上司の執拗なパワハラによりうつ病に陥り、障害を残したH・Kさんは、昨年2月に公務災害認定を受け、市に対して謝罪と原因調査、加害者への処分を求めて簡易裁判所に調停を申し入れていましたが、このほど和解が成立しました。

当局は公務災害の認定は「業務過重」が原因として、上司によるパワハラを認めませんでした。訴訟で争うことを検討しましたが、公務上のことであり加害者の責任を追及することが困難であり、同時にH・Kさんの心身への負荷も考慮して和解することとなったものです。
1月末の調停では市の責任者及び、加害者本人が被災者に謝罪し、市は加害者への懲戒処分を行うことを確約しました。
H・Kさんの妻は調停の席上で「事件はパワハラであったこと」「市の対応は不誠実で不信感を持ったこと」「公務災害申請に当たり誠意をもって努力した職員、証言した皆さんに感謝したい」など、見解を述べました。

見解の概要は以下の通りです。

今回、調停に至りましたことにつきましては、すべて納得した訳ではありませんが、何とか希望に近い形になりましたので、気持ちが少し落ち着きました。
然し、ここに至るまでの市の対応に対しまして、一言申し上げます。
以前、市に謝罪を求めたところ、返ってきた回答に驚き、不誠実さを感じ不信感が募りました。
他の市で今回と同様のケースが公務災害認定され、市長が謝罪したことをお話しした所、「そのケースは本人が死亡したが、こちらは生きている」「他の公務災害でもいちいち謝罪しない」との発言があり、驚きと不信を抱き市民の方々が聞いたらどう思うだろうと思いました。
それに加えて、認定通知直後にパワハラの事実を隠すかのようにパワハラ、セクハラ防止の市の基本方針が作成されたと新聞報道があり、不信感を抱きました。
夫が通院中の主治医から「長期休業しているのに、人事担当者から一度も連絡がない」と言われて、初めて人事担当者と主治医が面会しました。
市にパワハラの事実について再調査を申し立てましたが回答がなく、再度求めたところ、「以前、主治医との面会の際、当時のことを思い出さないようにと言われたので調査はしない」というものでした。その後の求めに対して、「再調査の結果、パワハラを証言した者はいない」との回答が届きました。
これまでの市の不誠実な対応に不本意ですが、やむを得ず調停の手段をとらざるをえませんでした。
その後も平行線の状態が続き、公務災害が認められて1年、私たち家族は市からの心無い言葉に苦しんできました。
しかし、本日に至ったことは、良識ある考えをお持ちの方々がいたのだと感じて少し安堵しました。
公務災害の申請書類の作成にかかわっていただいた人事担当の方々、そして証言をしてくださった職場の方々に心から感謝しています。この場をお借りして御礼申し上げます。私たちはこの事件はパワハラであると思っています。そして、事故に至った原因、公務災害認定後の市の対応には決して納得しているわけではないことをご理解ください。
当時の上司・担当課長に申し上げます。
事故の当日、終業後に駆けつけてくれましたが、4ヶ月の入院期間中も含めてその後一度も顔を見せてくれませんでした。本日の面会は事故の日以来です。事故後1年経過しても見舞いにも来てくれないことから、公務災害の申請を決意しました。
私たち家族がいかに辛い思いをしながら生活してきたか、そしてそれは今も続いていることをわかっていただきたいと思います。
上司として管理職として不誠実さを感じざるをえません。
私たちはこの事件はパワハラであると思っています。
事故と事故後の対応は一生忘れることができません。
二度と私たちのような不幸なことが起きないよう強く望みます。

 

研究所主任研究員、2006年に発症したうつ病が労災認定!再三の退職勧告・パワハラをはねのけて

研究所の研究員として10年勤務したYHさん(42才)は、過重労働からうつ病を発症。休業加療、職場復帰するも3年前から退職勧告を受けていました。今回、労災認定で退職勧告が無効となりました。

過重労働により精神疾患を発症する

2004年、YHさんは実績が認められ主任研究員に昇格。バイオマスや環境ビジネスなどの研究業務を担い、長時間労働が続きました。
時間外労働は、05年3月に171.2時間、12月には146.5時間に及びました。体調不調に陥り06年2月うつ病と診断され、8ヵ月半休業し、治療継続のまま復職しました。

退職勧告とパワハラで追い出しはかる

復職後は勤務軽減されていましたが、08年から有給休暇や退職金で不利益な扱いを受け、11年には体調不良による休職願が認められず、退職勧告を受け、以後上司から、いじめ・嫌がらせなどが続きました。

退職勧告とたたかい労災認定を勝ち取る

昨年3月、ローカルユニオン「結」に加入。退職勧告などを許さない取り組みをすすめながら、いの健道センターと相談を重ね、06年のうつ病発症は過重労働よるものであり、労災に該当するとして、8月に労災申請を行いました。
同時に、研究所に対して団体交渉をおこない、労災申請に係わる調査への協力要請とともに、長時間労働による罹患は安全配慮義務違反、退職勧告は不当労働行為になると指摘しました。
この間、労基署による数回の調査が行われ、先日、06年に遡って労災が認定されました。
このことでうつ病の業務起因性が明確となり、今後研究所に対して、発症の原因究明と職場復帰対策を求めることとしています。

 

観光土産店に勤め、うつ病となったTKさん。労災申請から11ヵ月、朗報届く

観光土産店に勤め、うつ病となったTKさん労災認定

小樽の観光土産店・レストランで働いていたTKさん(45歳・男性)は、長時間労働が続きうつ病と診断され、労災申請しました。しかし、会社はすでに倒産し、社長が労基署の調査に応ぜず、決定が遅れていました。いの健の支援を受けながら、粘り強く交渉し、11ヵ月後の6月5日に労災認定の決定が届きました。

時間労働・倒産・負債対応でうつ病に

TKさんが勤務していたお店は、2年前の東日本大震災以降の観光客の減少で22人いた職員が7人に減らされ、連日朝7時から夜の9時まで働き、月1回の休みがやっとという状態でした。
そして昨年2月に倒産し職場を失いました。
この間、社長は雲隠れし、TKさんが借金の取り立てにも対応する中、体調を崩し3月にうつ病と診断されました。しかし、会社はTKさんの雇用・労災保険加入の手続きを行っていませんでした。

生活保護受けながら労災認定を待つ

「結」への電話でいの健センターに相談し、雇用保険と労災保険の権利

を確認するため、小樽地区労連の方にもお世話になり、失業給付を受けることができました。
昨年7月労災補償を申請しましたが、会社(社長)が調査に応じないこともあり、労災認定が伸び伸びになりました。そのため、生活を維持することができなくなり、生活保護を受けて決定を待っていました。
申請から11ケ月経過した6月5日、待ちに待った労災認定の朗報が届きました。

TKさんは昨年3月以降の休業補償と療養補償を受け取る手続きを行いながら、この間、受け取った、雇用保険と生活保護の精算を行い、次の仕事に向き合えるよう、療養する事を決意しています。

TKさんの談話

今回の労災認定に至るまでにあたって、いの健道センターに、ご尽力いただき大変感謝しています。
労災の手続き等々、複雑な事も多く不安な事や労働基準監督署の対応の不満等もありました。そんな中でも迅速に対応して頂けた事で認定までたどり着けました。自分の力だけではここまで出来なかったと思います

「夫の休業補償が支給されました」! / K・Tさん(76歳)からの報告

夫は測量設計技師として働き、一昨年、東日本大震災の復旧工事の仕事が入り、約2カ月間、宮城県で働きました。帰ってきたその日に脳卒中で倒れ病院に運ばれ、障害を持つ身となり入院生活を続けています。

倒れてから大きな借金が明らかになり、事務所も家も競売にかけられ、途方に暮れる状況でした。労災が可能かどうか疑心暗鬼でしたが、倒れて1年3か月後に労災が決まり、約1年半分の休業補償が入りました。借金の問題はこれからですが、弁護士に相談し取り組もうと思います。支援していただいたみなさんに感謝の日々です。

《K・Tさん(76歳)からの報告》